
新年あけましておめでとうございます!
新しい年がすばらしい一年となりますよう
皆さまのご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます!
平成二十四年 元旦
(岩手山)

皆さん お楽しみ様です!
今年、4回目のブログアップです。^_^;
今年も間もなく終わるところです。
振り返ってみると、大変な年でした。
震災で被災なさった方々にはあらためて哀悼の意を表します。
娘は今年4月から保育園を変わりました。
今度の保育園は前の保育園以上に野性児を育てるような(?)ところなのですが、また、行事が半端なく、親たちも結構大変です。
イベントもさることながら、外部からお呼びする場合も割とあり、その方々がまた、その方面では有名な方だったりします。園長先生はいったい何者なのだろう?と思うことがよくあります。
その中でも、11月23日に行われた『肥田 舜太郎先生ご講演』は印象深かったです。
先生は広島の原子爆弾で被爆したお医者様で現在ご存命の唯一の方です。
既に90歳を超えておられますが、背筋はまっすぐ伸び、2時間余りを立ったままご講演いただきました。
原子爆弾で被爆した内容については、軍事機密だということで、研究等してはならない状況で、しかも現在もそのことは継続されているということには驚きました。
また、先生の病院は爆心地から300メートルのところだったが、たまたま往診で6キロ離れたところにいたため助かったこと。その後、すぐ被災者たちの救助活動をしたこと。その際の出来事、状況などの話は、なまなましく、また、驚くような内容でした。
印象深かったことは、戦後半世紀以上たち、アメリカの乳がん発症率が2倍強になり、その原因を調べるべく、50州を構成する約3,000の郡に分けて調査したら、1,700は変わらず、のこりの1,300の郡については3倍以上の発症率になっていたそうです。そして、その1,300の郡に共通していることが原子炉があるということでした(正確ではないのですが、80キロor300キロ圏内)。
一方日本はこの半世紀で乳がんの発症率が4.7倍とのことです。
福島原発の件で、西日本に移転した人たちも多かったと思います。
ただ、肥田先生の話によると、日本はすでに全国で被爆しているとのことでした。
そこで、これをどうとらえるか?ということですが、
肥田先生曰く、「被ばくはしても、癌を発症しなければいい!」「放射能に対抗する力がすでに我々に備わっている」と信じること。
そして、癌を発症させない、あるいは時期をずっと遅らせるための方法を教えてくださいました。
それが、早寝早起き、ひと口30回以上!ということでした。
マクロビオティック(正食)でも言っていますが良く噛む!ということが、内なる力を引き出してくれるようです!
とかく、無い物ねだりをしがちですが、
まずは、今自分が持っているものでできることに集中してやっていきたいと思います!
今年も多くの方に支えられ、ここまでこれたと思います。
生き残った者として、できることを全力でやっていきたいと思います。
皆さま 良いお年を!
皆さん お楽しみ様です!
すっかりご無沙汰しておりますが、お元氣でしょうか?
自分の誕生日から半年以上お休みしてしまいましたが、
facebookをやっており、こちらは結構続いています。
facebookをやられている方はちょっと探してみてください!
実名と本人の写真が原則ですが、
お陰で小学校時代の友人を二人見つけました。
なんと一人は40年ぶりです。!
ということで、私はお陰様で元氣にやっています!
ではまた!

本日2月23日は皇太子さまの誕生日であり、富士山の日であり、また、税理士記念日でもあります。そして、私の、なんと50回目の誕生日です。両親、家族をはじめ、多くの皆様に支えられ、ここまで生きてこられたことに感謝いたします!
40代は、税理士事務所を移り、試験に合格をし、税理士登録、独立、結婚、娘の誕生といろいろありましたが、今後もより一層の精進をしてまいりますので、よろしくお願いいたします!

先週、日本生命盛岡支社さんの主催で、盛岡と久慈で「平成23年度税制改正大綱と決算対策」というテーマで講演をさせていただきました。実家が盛岡にあるので、年に3回程度帰省しているのですが、盛岡市内をぶらぶらするのは本当に久しぶりでした。

夜に他の税理士の先生方と合流し、締めに、これまた久しぶりにじゃじゃ麺を食べました。

二日目は久慈の道の駅「土風館」で講演でした。久慈出身の友人は何人かいますが、久慈に行ったのは初めてでした。大きな街ですね。新幹線で二戸で降り、あとは車で送っていただいたのですが、二戸は雪がすごかったのに、久慈は海近くのためずいぶんと少なくなっていました。
支社の方といろいろ話しているうち、岩手っていいなぁ などと今更ながら感じました。
「岩手にはいいものがたくさんあるのに、アピール下手なんですよねぇ!」とおっしゃっていたのが印象的でした。その日の朝のローカルニュースで取り上げられていた、地元アピールのマンガ本を早速購入し、帰りの新幹線で読んできました。

50歳というのはいろいろな区切りであり、在京白亜会という盛岡一校の在京の同窓会の幹事も今年、私たちの代に回ってきており、その準備がちゃくちゃくと行われています。50という区切りで、故郷への想いが一段と高まってきたという感じです!今更ではありますが、折角なので、岩手県をもっと知ろうと思います
皆さまのご健康とご多幸をお祈りいたします。
本年もよろしくお願い申し上げます!
齋藤厚税理士事務所は、お陰様で2011年の2月23日で7年目に入ります。
0件からスタートしたお客様も、徐々に増え、3年目には20件ほどになりましたが、お付き合いいただいたお客様の内、現在も引き続き顧問契約を頂いているところは半分程度です。
半分は会社を閉鎖なさったり、吸収されたり、やむなく廃業なさったお客様もおります。
景気は上向いているとの話もありますが、中小零細企業を取り巻く環境では、まだまだそうは言えないようです。
年商50億円以上の中堅企業においては、確かに黒字企業も多く、景気も回復しつつあるように見えるのですが、年商1億円前後の会社にとっては、厳しい状況は変わらず、廃業倒産の件数も多いのが現状です。
しかしながら、このような時代でも、いやこのような時代だからこそ、果敢に起業なさる方も出てきています!既に開業なさっている方も、自分を振り回している「環境」をひとまず脇に置き、今一度自分は何を提供するひとなのか?何ができるのか?を考え、「創業」に立ち戻って見ては如何でしょう?
今までの価値観が新しい価値観へと変わりつつある現在、今まで捨ててきたものの中に大切なものがあったかもしれません。「効率化」の為に犠牲にしたものは無かったでしょうか?そこに未来へのヒントがあるかもしれません。

当事務所では今年から全顧問先に経営計画作成とアクションプランのリストアップをしていただき、
なんプラ(なにがなんでもPlan→Do→See!)・
きちレコ(きっちりレコーディング(記帳・記録))で、黒字化・成長をお手伝いしていきます!
今後ともよろしくお願いします!
参考:
『起業を成功へと導く 経営コーチ』(増補改訂新版)

皆様! 暑中お見舞い申し上げます!
連日暑い日が続いていますが、お元氣でしょうか?
ただここ数年、猛暑を過ぎるといきなり涼しくなるという傾向があるようです。
お彼岸を過ぎると涼しくなるのでしょう。
そういえば、今朝(神奈川相模原)の雲はもう秋の気配を感じました。
まだ暑いですが、すぐ涼しくなると思うと、なんか寂しい気がします。
さて、私事で恐縮ですが、去年の特定健康審査で『メタボ』と診断され、現在「特定保健指導」を受けています。そこでやった事は以下の通り。
①まず、特定健康診査の結果をみて解説を受ける。
②半年後どうなりたいのか(目標)を書く。・・・私の場合、体重76k(検診時は80k)→70kを割る。
③その為に何をするのかをコミットする(Action Plan)。・・・ウォーキング1時間(週3回以上)、良く噛む(30回)、ダンベルを使った運動をする、その日にうちに寝る。
④毎日記録をつける(レコーディング)。
⑤さらに私の場合、「積極的支援」の対象ということなので(レッドカードということでしょうか)、月一回、担当の方と面談(チェックと指導)をうける必要があるので、その日程調整。
でした。

まるっきり経営計画と同じで、Plan→Do→See のサイクルなんですね。
会社の数字は良く見ていますが、自分の身体の数字はおろそかにしていました。年齢を重ねるうちに、やはり若い頃とは違った反応が出てきます。それを知らずに過ごしていると、健康とはほど遠いところに行ってしまうようです。私の場合は、60代で脳梗塞・脳溢血になる可能性が普通の人よりかなり高いとのこと。・・・氣をつけます。

ということで、先日1回目の面談がありました。毎日、記録をつけるということは大変有意義です。レコーディング・ダイエットですね。それを見ながら懇切丁寧に指導をしていただきました。「30回噛むのが難しいなら15回で良いですよ。」「ダンベルの体操は5分でいいから習慣づけましょう。」の言葉には救われました。会社社長には結構厳しく言っているのですが、できないことを押しつけてもストレスになるだけで成果には繋がらないんですよね。勉強になりました。
結果、体重は5年ぶりに75キロを下回り、血液の数字もひとつ(尿酸値)を除き、ずいぶんと改善され、俄然やる氣が出てきました。また、妻が
「タニタの社員食堂」という本を買ってきて、低カロリー食を作ってくれてから、さらに成果が出始め、今日は6年ぶりに73キロ代になっています。

成果を出すようにプランニングすることが続ける秘訣であり、続けることができれば成果は出てくるんでしょうね。
週末、外に出ずにリバウンドすることの無いよう氣をつけようと思います。
まだまだ暑い日が続くようですが、皆様も健康にはご留意ください!

GWからはや一週間が過ぎようとしています。GWは盛岡に帰省していました。今回初めて車で帰省しました。
毎年この混雑する時期に帰省するのですが、今年は寒かったせいで桜が調度見頃になっていました。盛岡市内丸盛岡地裁前の国指定天然記念物『石割桜』は昨年より13日遅く4/24に2輪が開花し、私たちが言った3日は満開でした。

「石割桜は、巨大な花崗岩の岩の狭い割れ目に直径約1.35メートル、 樹齢が360年を越えるといわれるエドヒガンザクラが生育しているのです。 客観的なデータからいうと、幹の太さも樹齢も、 残念ながらこれという日本一の記録は見当たりません。 しかし、巨大な花崗岩と調和した威厳ある美しい姿と珍しさでは、 日本一といっていいのではないでしょうか。

この石割桜にもかつて危機がありました。 昭和7年に盛岡地方裁判所が火災に遭い、石割桜も北側の一部が焼けましたが、 幸い全焼を免れ翌春には再び花を咲かせたのでした。 現在は保護管理も良く、毎年見事に開花を続け、たくさんの人の目を楽しませています。 ここは南部藩主の分家にあたる北監物の庭園であったといわれ、 明治初期には桜雲石と呼ばれていたようです。 1923(大正12)年、国の天然記念物に指定されています。」

花崗岩の窪みのところに桜の種が落ち、その種が長い年月をかけて、巨大な花崗岩を割り、立派な桜になったのだと言われています。こつこつ・黙々と前進し続ける凄みをその美しさの中に感じます。石割桜が咲いているのを見るのは高校時代以来ではないかと思いますが、パワーをもらいました!
こちらは実家のすぐそばにある、「四十四田ダム」の桜です。ここも満開でしたが、この時期は初めてかもしれません。広いロケーションですっかりくつろがせてもらいました!




今日は思いがけず近くまで来たので、みたいとは思っていたけど行ったら渋滞で大変なことになる、と敬遠していた「水郷田奈の鯉のぼり」を車中から見学しました。
山からロープが5本。それぞれに300匹の大型鯉のぼりがつけられており、天気も良かったので気持ちよさそうに青空を泳いでいました。
人でも多く、出店なども出ているんですね。この「鯉のぼり」のイベントは自治体がやっているんだそうです。妻のお客さんで(妻も税理士です)ここの自治体の方がいらして、その大変さを妻を通じて聞きました。

まずロープですが、対岸のやまにこのロープをくくりつける専用の何か(?)があり、ロープをクレーン(?)をつかって下におろし、相模川を船で運びこちらにくくりつけるらしいです(?)。そして鯉のぼりは、つけっぱなしにして翌年も使うのではなく、自治体の奥様方が一匹一匹その都度縫いつけるのだそうです。なかにはマンション住まいで鯉のぼりを飾ることはできないので、と、子供の名前の書かれた巨大な鯉のぼりを飾って欲しい!と持ってくる近所の方もいるとか。
このイベントがずっと続いているのはまさに地域の力と言えるでしょう!

30日はこのテーマを取り扱ったところが多かったのではないでしょうか?
59年の歴史に幕が降ります。老朽化のため建て替えられることになった東京・東銀座の歌舞伎座は、28日、「さよなら公演」の千秋楽を迎えました。
「現在の歌舞伎座は、空襲で無残な姿となった3代目の歌舞伎座を復興させ、1951年に開場しましたが、老朽化が進み、全面的に建て替えられることになりました。
28日、千秋楽を迎える「さよなら公演」を一目見ようと、歌舞伎座の前には徹夜組を含む100人以上が列を作りました。
「きのうの夜10時から並んでいる」
「うちのおじいさんが歌舞伎が大好きで、私も最後だからと思って来ました」

「きょうは最後ということで、中は黒紋付きの着物で来ました。夜の部が終わって出てきてライトアップされた歌舞伎座を見ると、とてもすばらしく、『来て良かった』といつも思うので、建てかえられるのはとても寂しい」(さよなら公演を見に来た人)
「さよなら公演」が終わると、30日、閉場式が行われ、中村芝翫さんら、名だたる歌舞伎役者が壇上に勢ぞろいし、お別れの口上を述べることになっています。」(TBS News!4/28より)
仕事の帰りにちょっと寄ってみました。NHKで朝から歌舞伎座前で並んでいる人たちのニュースがありましたが、午後4時過ぎも凄い人だかりでした。歌舞伎座の横にはテレビ関係の車でしょうか?また晴海通りを挟んだ向こう側でも携帯をかざしている人たちが沢山いました。
59年も経っていたら老朽化も進むでしょうね。でも完成までに3年もかかるんですか。結構かかるんだなぁと思っていたら、歌舞伎座が入る地上29階建ての高層ビルが建てられるんだそうですね。知りませんでした。新劇場の外観が派手な装飾を抑えたデザインに生まれ変わるらしいです。なんでも親会社の松竹が、都に建て替え計画案を提出しし、当初は今の外観を忠実に継承する方針だったようですが、石原慎太郎都知事から、「銭湯みたい」と物言いがつき、見直したという話です。
「 計画案によると、今の建物は解体し、新劇場と高さ150メートル(29階)のオフィスビルを併せた複合ビルとなると。屋根の弓状になった唐破風(からはふ)や左右に突き出した入り母屋造りの特徴を生かす一方、白壁の多くはガラス張りや縦格子に変わる。唐破風に飾り金具や彫刻など装飾はつけず、軒を飾っていた組み物も簡素にする。

松竹は05年、新劇場の外観について、ビルを建てても現在の歌舞伎座の原型となった太平洋戦争前の建物を復元すると説明していた。だが、計画に携わった伊藤滋・早大特命教授らによると、事前調整段階で石原知事から「銭湯みたいで好きじゃない」「オペラ座のようにしたほうがいい」などと注文がついた。
松竹は一時、劇場をまるごとビルの壁で覆う案も検討した。しかし今度は役者から「歌舞伎座の雰囲気が変わってしまう」と反対され、今回のデザインにたどりついたという。07年着工、10年完成の当初予定から、10年着工、13年開場にずれこむ見通しだ。知事周辺は「建て替えに反対したわけではない。ただ劇場とビルの調和がとれていなかった」と話す。
計画案には、地下鉄東銀座駅から直結する地下の広場や大型の公共地下駐車場、劇場の屋上に外国人らをもてなす庭園の整備も盛り込まれている。歌舞伎座は来年4月まで「さよなら公演」を催し、工事中は新橋演舞場や大阪松竹座などで代替興行をする。(根本理香)」(Asahi.com 2009.1.28)
いろいろあるんですね。歌舞伎座へは10年位前に一度だけ行ったことがあります。顧問先の会長さんから正月のチケットを分けていただき、正面の前の方の席でみました。それまで「歌舞伎」に対する私のイメージは「能」のようなものだったのですが、もっと分かりやすい面白いもの(時代劇のような)なんだという印象を受けたことを覚えています。調度その前年が、NHK大河ドラマで「忠臣蔵」で大石内蔵助役だった中村勘九郎(当時)に相手役のひとが「昨年は大役お疲れさまでございました」などと言ってたのを聞いて、「歌舞伎ってこんなこともありなのかぁ!」と感心したものです。

ということで、重要無形文化財に指定され、また、ユネスコにも世界無形遺産として登録されている歌舞伎。その歌舞伎の殿堂である歌舞伎座は2010年4月の興行終了後、新築工事のため、休館となりました。そして新しい歌舞伎座は2013年春(平成25年5月)の予定です。

昨日は雨の中、宇和島関係の方の出店が出ておりました。
無農薬野菜とかお芋とか、落ち着いたらいつどんなイベントがあるのか、銀座をゆっくり探索してみたいと思います。
4月も終わり間近でゴールデンウィークに突入しましたが、明日までめいっぱい仕事です。皆さんは如何でしょう。自宅のそばに青山学院大学淵野辺校があるのですが、このひと月は新入生が入ったために、先月までとは大違いで交差点など大勢の人が行き来しています。出かけるときなどは調度ラッシュ時で、駅から校舎まで歩く大量の学生達とすれ違うわけですが、普段若い子達をいっぱい見る機会は無いので、何となく気恥ずかしい感じがします。
近所のコンビニではアルバイトの方も変わりました。そういえば先月、いつも気が利く子だなぁと思っていた学生さんが、「私、今日が最後なんです!」といって辞めていきました。娘を可愛がってくれてありがとうございました。ある意味、ちょっと寂しい季節です。そして、4月からはちょっとごたごたする期間と言えるのでしょうか。
先日、良く行く喫茶店に入ったとき、そこのバイトさんも入ったばかりだったのでしょう。レジの使い方になれていません。「280円です。」と言われ、1,030円を出しました(私は常に財布の中の小銭が最も少なくなるようにお金を出します。稀に間違って大量の小銭が返ってくることもありますが・・・)。
すると、ちょっともたもたしたあげく、「はい!850円のお返しです!」と言ってお金を渡してくれました。「(おいおい)750円だろ?」と言って私が100円を返すと、「あっすみません。ありがとうございました。」とバイトさん。
暗算ができてないなぁ。なんて思いながらコーヒーを手に席に着いたのですが、あとでもったいないことをしたかなぁと思いました。100円のことではありません。この時、私の後ろには誰もいなくて、私も急いでいるわけではなかったので、もう一度レジうちをしてもらい、間違ったときの処理や、多くもらったときの打ち方などを練習してもらえばよかったな、ということです。初めてのレジだとしたら、それだけで緊張する人もいるでしょう。別に暗算が不得意なわけではなかったかもしれません。
もうちょっと私が気を利かせていたら、彼女は仕事を早めに覚えられたのに、レジうちの体得は次の機会へ先延ばしをさせてしまいました。私たちの仕事でも同じです。何かを教えるときは、『その時すぐに』教えることが一番効果的です。とかく後でまとめて伝えようなどと思いがちですが、そうすると体得する機会を失ってしまう気がします。
子供と大人は全然違うとは思いますが、特に娘には瞬時にいわないとすぐに記憶から消えてしまうのです。すぐに「そんなこと知らない。」って言われてしまいます。「しょうがないか。」などと諦めるのだけは止めようと思います。